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水産業復興 漁港格差が拡大 水揚げ石巻激減、塩釜15%増 / 廃業懸念の漁協も...

■題 名 水産業復興 漁港格差が拡大 水揚げ石巻激減、塩釜15%増 / 廃業懸念の漁協も
■日 付 1899年12月31日 ■大分類 新聞等(毎日)
■概要 . 東日本大震災から半年近くがたち、津波で被災した宮城県や岩手県の漁港の多くは再開にこぎ着けたが、魚の水揚げ量に大きな開きが出るなど、復興格差が広がり始めている。
 宮城県内の主要漁港で最も遅い7月12日に水揚げを再開した石巻漁港。漁師や魚市場、水産加工業関係者ら約50人は8月24日、同市内のホテルで漁港の運営方針を議論したが、話はかみ合わず、遅れる復興にせつない思いが漂った。
 サバやイカの最盛期にもかかわらず、1日当たりの水揚げ量は平均10トン程度と昨年同期の数十分の1。「震災前は水揚げ増加のため漁船の誘致に奔走したのに、今はこれ以上入るなと『漁船切り』をしなくてはならない」と嘆いた。冷凍から切り身・練りものへの加工まですべての業者がそろって成り立つ水産業。しかし、加工団地周辺は今も70センチ以上も地盤沈下し、津波がくれば水没する状況。加工業者の多くは在庫も設備も失い、新たな借り入れによる二重ローンを懸念し、工場再建をためらう。
 松島が防波堤となり、津波の被害が石巻や気仙沼に比べて小さく、冷凍・冷蔵設備も残った塩釜漁港は、震災から約1ヵ月後の4月14日に水揚げを再開。石巻漁港などからくら替えした漁船が入った。ただ、生のホンマグロが主力の塩釜漁港は元々、大規模な加工機能を備えていない。「魚の水揚げ量を増やしても、誰が干物や缶詰に加工するのか。加工団地を整備するにしても、県や国はどれだけおカネを出してくれるのか」と復興で先行する悩みを明かす。

◇廃業懸念の漁協も 企業参入か自力再建か
 宮城県は村井嘉浩知事の号令の下、「水産特区構想」を提唱。県が各漁協に与えた漁業権が一斉更新期を迎える13年8月をにらみ、企業参入で水産業再建を速める考えを示す。
 これに対し、県漁協は「(漁業権は)漁師の命に関わる問題。到底受け入れられない」と反発。県漁協の船渡隆平専務理事は、1970年代に特産の銀ザケ養殖に参入した大手企業が、カナダ産などの輸入が広がり、価格が暴落するときぴすを返して撤退した例を指摘。「企業に捨てられ多額の借金だけが残った地元の漁業者にはトラウマが残っている」と強調する。
 しかし、個別の地区漁協では、資金不足や担い手の高齢化で自力再建のメドを立てられずにいるところも多い。国から再建費用の3分の2が補助されても、養殖イカダの手当てから始めて収入になるのは早くて3年後だ。これから何年働けるかを考えれば、やめた方が得という漁師も少なくない。
 宮城に比べて規模の小さい漁港が多い岩手県。ワカメ生産日本一の同県で最多生産量を誇る宮古市の重茂漁協は津波で漁船の9割以上を失い、ワカメやコンブの養殖設備も流された。しかし、同漁協の動きは速かった。震災翌日(3月12日)には、ワカメ養殖用ロープなどの資材を大量発注。秋田や青森などから中古船200隻をかき集める手配をした。これが奏功し、7月までには養殖ワカメの種付けを終え、10月には約500台の養殖設備を整えて、来年3月の収穫期を迎えられるメドが付いた。
 宮古市では魚市場も仮設市場で4月11日から再開。津波で大きな被害を受けた山田町や大槌町、釜石市、大船渡市など県南部の各漁港からシフトしてきた漁船を受け入れ、水揚げ量は昨年を上回る。
 対照的に、役場が津波に直撃され、前町長ら4分の1の職員を失った大槌町は、魚市場の再開が10月にずれ込む見通しだ。8月末の選挙で新町長がようやく決まり、マヒした行政機能の回復も進めなければならず、「水産業の復興計画づくりもこれから」(町関係者)だ。
■タグ 毎日 水産業 石巻漁港 塩釜漁港 水揚量 水産加工団地 冷凍・冷蔵設備 水産業復興特区 宮城県漁協 養殖業 宮古市 重茂漁協 大槌町
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