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【震災から半年】 170日ぶりのリーダー ゼロからの出発 住民起案で復興 能力ある職員募る...

■題 名 【震災から半年】 170日ぶりのリーダー ゼロからの出発 住民起案で復興 能力ある職員募る 国会議決待てない 地方自治の原点へ 真の分権試される
■日 付 1899年12月31日 ■大分類 新聞等(朝日)
■概要 . 170日間空席だった岩手県大槌町長に就任した碇川豊さん。役場をどう立て直し、町を再興するのか。「ピンチはチャンス」と旗を振る碇川さんに聞いた。

(町長不在が続いたことで、復興のスケジュールが遅れたと指摘されているが?)   一刻も早く復興計画をまとめたいが、あまり急いでは住民から反対意見が出て、かえって時間がかかってしまいまず。私は、町内9地区ごとに協議会を作って住民から起案してもらい。、年内に計画をまとめようと思います。
(役場として機能しなかったのでは?)
 管理職が深刻です。11人の管理職のうち7人を失い、―人が3月で定年退職した。課長に昇格した職員は一生懸命やっているが、がれき撤去や仮設住宅の建設とケア、義援金の配分など、今までにない業務が山のように入ってきた。応援職員には助かっているが、それでも必要業務をこなすのに精いっぱい。震災を経て職員がたくましくなったのは感じますが、どうしても人が足りない。
(町外からの人材登用も迫られますが?)
 県との人事交流や民間の登用がほとんどなかった。ここ20年はゼロです。無理してでもやる気、能力のある人材を登用しておけぱよかったと後悔しています。大槌に関心を持つ人が増えたことはチャンスです。管理職の補佐役や専門職として、全国から3?5年の期限付き任用の職員を募りたい。
 副町長も3人制にし、1人は職員のまとめ役としてOBに、あとの2人は、やる気のある方を国や県から派遣していただきたい。 
 あとは議会。積極的に政策立案に関与してほしい。チェック機能も大事ですが、今は、みんなの知恵を集めなくてはいけない
(町長をめざして退職した最大の理由は「防災」だったと聞きましたが?)
 そうです。小学校の避難路整備も庁舎の高台移転も、避難タワーの設置も財政難を理由に認められなかった。自分が町長だったら、と思うようになりました。
(国会議員に対して憤っているようですが?)
 政争に明け暮れ、被災地を向いていないと感じる。国が危険な浸水地を買い上げないと復興計画が立てられない。水産加工業者が加工場を造るために農地を求めても、転用許可に半年以上もかかってしまう。都市計画も決定までに形式的なことがたくさんある。これでは雇用が確保できず人口流出に歯止めがかからない。法律は人のためにあって、常識が法をつくる。常識では考えられないことが起きたのだから、法外なこともやっていかざるを得ない。国会の議決を待っていたら何も進まない。
(隣の釜石市との合併を拒みました。震災を経て、正しい判断だったと思いますか?)
 両面あります。復旧、復興が周回遅れのトップランナーになってしまったのは、行政機能が大打撃を受けたことも大きい。合併していればそれなりのマンパワーがあった。しかし、これからはむしろ小さい町のメリットを生かせるのではないか。がれき処理も、広範囲にわたる自治体よりは円滑になるはずだ。
 被災地の合併論議は復興が終わってからだ。かつて議会が合併に反対したのも、まず合併ありきで、短期間に将来像なく話が進み、冷静に考えると何のメリットも見いだせなかったから。
(震災を経て地方自治、役場の存在意義が明確になったということはありませんか?)
 地方自治法は「民主的にして能率的な行政の確保を図る」とある。その原点に返らないといけない。今までは前例踏襲の「惰性の行政」でもなんとかなったかもしれない。今は、役場が住民に必要なことを創造力とスピードを持ってできているかどうか、すぐわかってしまう。国は財源を持っているのに動かないし、市町村に実力不足な面はある。
■タグ 朝日 インタビュー 大槌町 碇川豊
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