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【座標】 「水産特区」の混乱 必要だった事前の議論 東北学院大文学部歴史学科教授 政岡伸洋...

■題 名 【座標】 「水産特区」の混乱 必要だった事前の議論 東北学院大文学部歴史学科教授 政岡伸洋
■日 付 1899年12月31日 ■大分類 新聞等(河北新報)
■概要 . なぜ、漁業関係者は企業参入に拒否感を示すのか。従来と仕事の在り方が大きく変わる可能性がある。サラリーマン化しかねない状況は、感覚的には転職に等しい。また、利益が見込めない場合、撤退する可能性もある。もう一点注意しなければならないのが、漁業権は地域社会のまとまりを維持するための大きな要素である。農村や漁村で共同体的な結び付きが強いのは、共有財産や共同作業の存在が背景にある。さらに今回の知事からの一方的な表明、政府の復興計画への採用、上意下達的な進め万は、自らの将来に対する選択の機会をなくすような状況にしてしまった。
 では、「水産業復興特区」は間違いなのか。実はそうではない。被災地の漁業は、震災前から高齢化や後継者不足の問題を抱えていた。新しい漁業の在り方を模索する必要があった。宮城県の復興計画にもある通り、人材的にも財政的にも「原形復旧」は難しい。その点で「水産業復興特区」の発想は、現状を踏まえた新たな漁業の在り方を提示するものとして評価でき、それ故一部の漁業者の支持も得ている。
 県漁協との間で十分な合意形成を図らなかった知事の姿勢に批判が集中した。さまざまな困難に対応せざるを得ない行政に、どれだけ余裕があったのか。そもそも、行政も被災者も冷静な判断や行動ができるわけがない。
 私たちが学ぶべきは、起こってから議論しても遅いという点ではないか。そこで提案したいのは、これまでの経験も生かした、津波の被災を前提とし、地域産業や暮らしの再建も重視した防災・災害対策である。これまでは、津波を防ぐこと、人命を守ることのみに集中し過ぎた結果、その後の対応については十分議論されてこなかった。命は守ったが、その後は起こった時に、というのでは混乱するばかりである。
■タグ 河北新報 座標 コラム 政岡伸洋 水産業復興特区
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